深夜特急
沢木耕太郎
毎日同じ時間に起き、同じ時間に来る電車に乗り込み、同じ時間に会社の朝礼があり仕事をする。恐ろしく単調日々を過ごしていることに恐怖を抱き、誰か私をどこか遠い国へ連れて行ってくれ!と願うならば、沢木耕太郎著の「深夜特急」を読んでみるといいだろう。
著者が20代の頃に行ったという旅のエッセイはいとも簡単に見たこともない国々へ脳内旅行で連れて行ってくれる。
深夜特急とは?
もともとトルコの刑務所に入れられた外国人の受刑者達の隠語で脱走することをミッドナイトエキスプレス(深夜特急)に乗るという意味で使われていたそうだが、本著はおそらく日本という国を逃れ、世界へと旅することをその意味へと当てはめたかったのだろう。
内容は著者がインドのデリーからイギリスのロンドンまでバスを乗り継いで行くという旅のエッセイである。
旅で出会う様々な人たち
国が変われば人も変わる、もちろん使う言葉が変わり文化的な違いが出てくる。そして出会う人達に歓迎されたり、騙されたり、時には売春婦に性的な意味で歓迎され沢木はその度に喜んだり驚いたり怒ったりするのだが、それだけでも十分に旅の楽しさというのが伝わってくる。
本の中では度々宿屋の宿泊料を交渉する場面が出てくるがその国の人間性が出てきて、ある国では短い交渉の内にかなり値段を安くしてもらったりするが、別の国では交渉がシビアで思うように値段が下がらなかったりと、沢木が実際に体験したことなのでとてもリアリティがある。
目的はわかっているはずなのになかなか進まぬ旅
インドからイギリスまではかなりの距離があるが到底到着は不可能な旅というわけではない。
実際何ヶ月かあれば着いてしまうはずのなのに本の中では到着まで1年ほどかかっているがそれは沢木耕太郎にとって居心地の良い国がいくつかありそこに長く滞在していたためである。
バックパッカーにはよく沈没組と呼ばれる人達がいる、物価の安い国に長く留まり日がな一日ダラダラと過ごすといういわゆるダメ人間である。
ネパールの章では沢木の沈没具合がとてもリアルに書かれている。そこで感じるのはゴールの見える旅をしていくうちにゴールを迎えた後のことを考えたくないという一種の逃避ではないかと思うのだ。
それは引きこもりやニートが社会に出て働き始めることへの恐怖に近いのかもしれない。
日常では味わえないスリル
旅をしているとアクシデントに遭遇することもしばしばある。国内旅行ならアクシデントが起こったとしても日本には親切な人が一人や二人はいるから助けてもらえればいいが海外でのアクシデントとなると話は別である。
言葉も通じぬ異国で困った状況になったとしても日本のように親切な人たちばかりじゃないかもしれない。いきなりナイフを突きつけられたら?警官にパスポートを取られお前はテロリストだ!と言われたら?
映画や漫画の話ではなく実際に世界ではそのようなことが日常的に起こっている国だってある。バックパッカーと呼ばれる旅行者はある意味命知らずな人間なのかもしれない。
まだ旅に出ず日本でくすぶっている者、バックパックに荷物をパッキングしている者。どのような状態の人間だろうと深夜特急はドアを開けて出発進行を待っている。
すでにどこか遠い国に飛び出してしまった者にも本著は良きガイドブックとして活躍してくれるはずである。実際に本を持って世界一周をしているファンがいるくらいなので地球の歩きかたと一緒に持って歩けば旅で困ることはないかもしれない。
いつもと変わらぬ日々を堪能するのはとても良いと思う。
しかしそのような暮らしが合わないと感じ、毎日をウダウダしながら過ごすならばいっそのこと深夜特急を読み、旅に出ることをお勧めする。